契約当事者の事業規模と契約の解釈 − 後見的な介入か、文言の重視か

小規模な会社や個人間の契約では、しばしば、契約書が簡素なことがあります。その場合、解釈の余地が広く残されています。さらに、裁判所が、当事者の合理的な意思解釈にあたり、文言の直接的な意味を離れることもあります。
 その一方、大規模な会社同士の契約では、契約が詳細であることに加え、経験豊富なプロ同士が合意したことを重視して、裁判所も、契約の文言どおりに解釈する傾向があります。

 知財高判平成26年4月23日判時2244号93頁は、前者の例にあたります。この事案では、裁判所は、著名な会社と個人との契約に関し、解除の効果の条項について、契約書の文言を制限的に解釈し(つまり、明文にはない制限を加え)、個人に有利な結論を導きました。

[事案の概要]
 事案の概要は、以下のとおりです。Y(被告・被控訴人)は、各種パッケージソフトやデジタルコンテンツの企画、制作及び販売を業とする著名な会社です。X(原告・控訴人)は、フリーのカメラマンです。Yは、Xに対し、録音録画物(例えば、映像動画)の制作業務を委託し、Yは、これを受託しました(「本件契約」)。Yは、本件契約に基づき、風景映像動画を提供し、Xは、その対価を支払いました。しかし、その後、両当事者間で紛争が生じました。Yは、Xの義務違反があると主張して、本件契約を解除しました。
 紛争の発端の概略は、以下のとおりです。Yは、Xに納入した風景映像動画の撮影と同じ機会に、別の動画を撮影し、訴外会社に納入し、訴外会社が、当該別の動画を送信可能化していました。しかし、Yは、本件契約上、当該別の動画もYに納入されるべきであり、Xは契約上の義務に違反すると主張し、本件契約解除の意思表示をしました。解除が有効であることは、裁判所も認めています。
 
[解除の効果]
 解除に関し、本件契約は、以下のとおり規定しています。
 この規定は、Yに一方的に有利なものです。Yは、Xに対し、録音録画物の権利を返還する義務を負わず、それにもかかわらず、Xに対し、対価の返還を求めることができます。

「「第10条(解約の効果)
① 被控訴人が,前条の解約により本契約を終了させたときは,控訴人はそれまでに被控訴人より受領した金員を被控訴人に返還しなければならない。
② 被控訴人は,本契約を解約した場合においても,本契約によって取得した著作権,及び控訴人がそれまで取得した本件成果物の素材の所有権はすべて被控訴人に独占的に帰
属するものとする。」」


[裁判所の判断]
 裁判所は、この条項に関し、以下のとおり判断し、Xの既払金の返還義務を否定しました。

「 (2) 本件契約の解除の効果
本件契約第10条は,被控訴人による解約により契約が終了した場合には,被控訴人が控訴人に対して既払金の返還を求めることができるとする定めを置く一方で(同条①),本件契約によって控訴人から被控訴人が取得した著作権及び本件成果物の素材の所有権を失わないとする特則を規定しており(同条②),被控訴人に片面的に有利な規定となっている。
確かに,本件契約第9条(10)を除く同条の他の号を見ると,受託者が順調に受託業務を遂行していない場合や委託者に成果物の著作権等を取得させることが困難となった場合など(同条(1)〜(3)),どちらか一方の金銭的信用力が極めて悪化した場合や破綻した場合など(同条(4)〜(7)),受託者に著しい不行跡があった場合など(同条(8),(9))であり,このような場合に委託者が契約を解約したときには,委託者が既に支払済みの金銭を回収するとともに,責めのない委託者が将来的な著作権等の権利をめぐる紛争に巻き込まれる懸念をなくし,あるいは,契約違反をした受託者への制裁又は違反の予防として,受託者から委託者に納入された映像素材の著作権等の権利を引き続き委託者が保有し続けるとしてもやむを得ないものであり,契約当事者双方もそのように解釈して本件契約を締結したものと推認される。したがって,本件契約第10条は,そのような場合にはこれを全面的に適用しても必ずしも合理性に欠けるものではないといえ,言葉を換えれば,本件契約第10条に定める契約解約後の権利関係の調整規定が全面的に適用されるのは,そのような場合に限られると解される。しかしながら,逆に,本件契約第10条が念頭においていないような場合については,同条の定める契約解除後の権利関係の調整をそのまま適用する前提を欠くことになり,これを当事者間の利害調整や衡平の観点から適宜調整の上適用することが,本件契約の合理的解釈といえる。
そこで,以下,上記観点から検討するところ,・・・本件は,本件契約第10条が本来的に想定する事例とは異なるものであり,契約の合理的解釈として,同条②に基づく権利等の維持の効果を認める必要性は高く,その適用はあると解されるものの,同条①に基づく既払金の返還の効果は,これを認める必要性は低いだけでなく,その時機も逸していて殊更に大きな負担を控訴人に強いるのであるから,その適用はないと解するのが相当である。
そうすると,本件契約の解約の結果,被控訴人は,控訴人に対し,本件作品を返還する必要はなく,本件映像動画1及び本件映像動画2の著作権等の取得も継続されるが,既払金の返還を求めることはできないというべきである。
したがって,被控訴人の解除に基づく既払金の返還を求める請求は,理由がない。」