審査基準の改訂案

 特許庁が、審査基準の改訂案を公表し、パブコメの募集を始めています。
 https://www.jpo.go.jp/iken/kaitei_150708.htm
 
今回の改訂の経緯については、産業構造審議会のWGの配布資料及び議事録が参考になります。

http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/shinsakijyun_menu.htm

 大きな項目としては、進歩性での相違点の判断が総合考慮型の規範的要件であることが明示されたことが挙げられます。従前、技術分野の関連性や効果の位置づけについて、とかく議論が迷走しがちであったところ、要件事実の観点から議論が収束することが望まれます。

 もっとも、「『規範的要件に関する一般的な判断手法にならい』、まず、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき倫理付けができるか否かを判断し」「論理づけができると判断した場合には、進歩性が肯定される方向に働く要素に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で、論理づけができるか否かを判断する」という内容は、疑問が残ります(進歩性の判断手順としては、このとおりでよいのですが、『規範的要件に関する一般的な判断手法にならい』という点について、一般化しすぎのように思います。)。
 規範的要件の一般論としては、同じ類型の考慮要素が評価根拠事実にも評価障害事実にも及ぶことがあります。さらに、評価根拠事実と評価障害事実とを組み合わせてストーリーの合理性を評価しなければならない場合もあります。しかし、進歩性の判断では、評価根拠事実にしかならない類型と評価障害事実にしかならない類型とが分かれており、相互に組み合わせて考慮する場面もないため、まず、進歩性の評価障害事実のみを検討すれば足りるという事情があります。

 今回の審査基準の改訂案でも、論理づけと動機づけとが使い分けられています。動機づけは論理づけの下位概念のようです。論理づけは、進歩性を否定する理由全般であり、動機づけ(motivation)からは、設計変更は除外されています。

プロダクト・バイ・プロセスクレームの審査・審判の取扱い

最高裁判決(最判平成27年6月5日(平成24年(受)第1204号及び同第2658号))
http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20150609/1433858808
を受けて、特許庁は、プロダクト・バイ・プロセスクレームの審査を中断し、その取扱いを検討していましたが、
http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20150611/1434034701
その結論が公開されました。

 当面の審査・審判の取扱いは、当たり前ではありますが、最高裁判決に沿っています。プロダクト・バイ・プロセスクレーム以外のクレーム(例えば、機能的クレーム)の審査・審判については、特に言及されていません。
 運用には、特許庁の配慮がうかがえる事項もありますが、掲載された事例には、判りにくいものもあります。

 まず、不可能・非実際的事情が存在することの立証は、出願人に求めています。不可能・非実際的事情が存在する場合には、クレームの記載は、明確性要件に適合します。特許庁は、明確性要件違反の拒絶理由を通知するにあたり、一種の行政サービスとして
「出願人の特許出願や研究開発に対する意欲を削ぐことがないよう、拒絶理由通知には、出願人が拒絶理由を解消するために反論以外に、補正、事情の主張・立証等の対応をとることができることを記載します。」
とされています。具体的な例としては、製造方法の発明への補正が挙げられています。

 驚かされた点は、最後の拒絶理由通知の応答でも、物の発明から製造方法の発明への補正も、カテゴリー変更であるにもかかわらず、明瞭でない記載の釈明(17条の2第5項4号)に名を借りて、許容している点です。このタイプの補正は、17条の2第5項2号の減縮ではないため、出願人は、分割−補正という面倒な手続きを経なければならないところだったのですが、この負担は軽減されます。
 
 もっとも、訂正でも明瞭でない記載の釈明(126条1項3号)によってカテゴリー変更ができるのかという問題は、残されたままです。あるいは、「クレーム記載の製造方法で製造された物に限る」という減縮を認めるという方向に進むのかもしれません。
 
 構造物の仮想事例として、

×
「凹部を備えた孔に凸部を備えたボルトを前記凹部と前記凸部とが係合するように挿入し、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」


「凹部を備えた孔に凸部を備えたボルトが前記凹部と前記凸部とが係合した状態で挿通されており、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」
(経時的な要素の記載がなくなり、「類型 (2):単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎない場合」に該当。)

 との例も挙がっています。

 しかし、この事例は、大変判りにくいように思います。能動態は製造方法を表し,受動態は状態を表すという説明は、形式主義的に過ぎるのではないかと思います。
 もっとも、特許庁としても、PBPではないことを示すメルクマールか標識が必要です。上記の運用も、本意ではないものの、最高裁判決を受けて画一的な運用を行うためには、止むを得ないのかもしれません。

プロダクトバイプロセスクレームの最高裁判決を受けた審査基準の改訂、明確性要件以外の要件への波及の可能性

特許庁は、プロダクトバイプロセスの最高裁判決(最判平成27年6月5日(平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号))を受けて、

・「特許・実用新案審査基準 第I部 第1章 明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の改訂について検討を開始する
・7月上旬ころを目途に、審査・審判における取扱いの検討結果を公表する
・それまで、上記論点についての判断は中止する

と発表しました。
(最高裁判決については、http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20150609/1433858808)

 要旨認定については、従前の審査基準も物同一説ですので、変更しなくても対応できます。検討の対象は、記載要件(具体的には、明確性要件)のみです。
 今回のPBPクレームの論点は、他のタイプのクレームにも影響を及ぼすかもしれません。具体的には、機能的クレームです。
 現在の審査基準では、明確性要件の
「2.2.2.4 請求項が機能・特性等による表現又は製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合」
に、
(1) 請求項が機能・特性等による表現を含む場合。
(2) 請求項が製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合。
があります。(2)がPBPクレームであり、(1)が機能的(であるために広すぎるクレーム)です。(1)についても、サポート要件及び実施可能要件に加え、明確性要件が積極的に利用される可能性があります。現在でも、類型として
「(鄱)出願時の技術常識を考慮すると、機能・特性等によって規定された事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載から発明を明確に把握できない場合。」
が挙がっています。この類型がどのように改訂されるのか、あるいは今回は手をつけないのか、興味のあるところです。
 なお、解決課題をそのまま機能で特定する手法は、まさに、機能以外で発明を特定することは不可能・非実際的であるという事情に当てはまります。PBPクレームの最判を機能的クレームに適用すると、今まで問題にされてきた類型こそ、明確性要件に適合するということになりかねません。この点でも、PBPの最判は、何か変な印象を受けます。

最高裁判決を受けたプロダクトバイプロセス(PBP)クレームの行方

 平成27年6月5日付けの2件の最高裁判決(平成24年(受)第1204号及び同第2658号)は、前者が技術的範囲の確定、後者が特許性の判断のための要旨認定に関するものです。
 なお、両者とも、原審は侵害訴訟の控訴審です。前者(平成24年(受)第1204号)の原審は、知財高裁平成24年1月27日の大合議判決であり、構成要件非充足で非侵害との結論、無効の抗弁は「念のため」の傍論でした。後者(同第2658号)は、知財高判平成24年8月9日であり、無効の抗弁のみ判断されました。高裁での判決理由に応じて、最高裁の判断の対象も異なっています。

 最高裁の判断は、以下のとおりです。
・技術的範囲の確定及び発明の要旨認定の何れについても、いわゆる物同一説による。
技術的範囲について
「したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。」
要旨認定について
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その発明の要旨は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として認定されるものと解するのが相当である。」

・PBPクレームは、原則として、明確性要件に適合しない。
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」
(不可能・非実際的事情)

 この規範の下では、いわゆる製法限定説での解決が難しくなりました。つまり、物のクレームは、物同一説で(理論的に)広いクレームとして解釈されるか、明確性要件によって無効とされるかの二者択一です。大半は、後者になるでしょう。
 特許庁に係属中の事案については、補正や分割により、製造方法のクレームを急いで付加すれば足ります。通常は、当初より製造方法のクレームも入っているはずです。しかし、既に特許されたものについて、物のクレームしかない場合、物から製造方法へカテゴリー変更をすると、訂正要件違反になる確率が極めて大です。製法の構成要件を付加して製法限定説で生き延びることも難しくなりました。
 様々な議論の末、結局、物同一説か明確性要件不適合で無効となるかの両極しか認められなくなったという結末は、虚脱感も覚えます。


 特許庁は、PBPクレームの出願に対し、デフォルトで明確性要件不適合の拒絶理由を打つでしょう。被告も、明確性要件不適合の無効理由を主張するでしょう。
 どのような場事情が不可能・非実際的事情に該当するのか、誰も判りません。立体商標のように、ほとんど幻の権利になるかもしれません(理論的にはあり得るが、権利化されること自体がニュースになるという意味で)。ノーベル賞級の成果が該当することはわかりますが、それ以外の場合、例えばポリマーブレンドのような技術分野でどのような扱いがなされるのか、予測不可能です。
 山本意見が危惧するとおり、実際には、委縮効果が働いて、PBPクレームは駆逐されるのではないかと思います。説得的なのは、山本意見でしょう。

 この判決は、「当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するとき」に限り、クレームが明確性要件に適合すると判示しました。
 しかし、この理屈は、倒錯的であるように思います。クレームが明確であるか否かは、「当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか」否かとは無関係です。それに加え、特定することが不可能であればこそ、不明確といえるのであって、特定できない極限に至ると明確になるというのでは、理解が困難です。
 結局、明確性要件を調整弁として使用した結果、このような異形の結論に至ってしまったのではないかとも思います。

 リパーゼ事件の最高裁判決は大法廷で変更されていない以上、要旨認定については、依然として、リパーゼ判決の規範が生きています(36条にリパーゼ判決が及ぶのかは、問題にはなります。)。リパーゼ判決からすると、要旨認定は、物同一説に親和性があります。そして、技術的範囲の確定と要旨認定とが同一であるべきとの立場では、技術的範囲の確定も、物同一説にせざるを得ません。その結果、技術的範囲について広い解釈が採用され、アメリカのPBPの実務と乖離してしまったという結果(千葉補足意見を参照)は、皮肉ともいえます。
 

プロダクトバイプロセス(PBP)クレームの最高裁判決

報道によると、侵害論のクレーム解釈(技術的範囲の確定)について、物同一説を原則とすると判断されたようです。
 
PBPクレームの解釈の主要な説には、物同一説と製法限定説とがあります。クレームの範囲については、
物同一説での範囲>製法限定説です。
 無効論及び審査・審判でのクレーム解釈(発明の要旨認定)での範囲は、技術的範囲と同じかそれよりも広くなります(発明の要旨が技術的範囲よりも狭いという説は見たことがありません。そのような解釈を採ると、審査をする意味が無くなりかねません。)。
 したがって、発明の要旨認定でも、原則として物同一説が採用されるはずです。侵害論と同じか広いクレーム解釈としては、物同一説しか選択肢がありません。製法限定説は採り得ません。
 その結果、実務に混乱は起きなくて済み、収束に向かうと予想しています。
 審査・審判で原則として製法限定説を採ると、狭い解釈で審査をして特許されたにもかかわらず、特許権者が権利行使の段階では広い解釈を主張することが予想されます。しかも、その帰結について、特許庁の態度も権利者の態度を責めることもできません。しかし、今回の最高裁判決では、そのようなことは起きずに済みそうです。
 侵害論については、物同一説を原則としても、製法限定説を原則としても、実務的な影響は小さいと思います(どちらかに決まっていることには価値があります。)。

大学教員の論文のウェブ公開

 京都大学が、教員に対し、論文をウェブで公開することを「原則」義務化する、との報道がありました。
 しかし、現実には(少なくとも理工系については)、全面的な実現は難しいように思います。報道でも、「投稿先の出版社や学会が著作権などの理由で公開を認めないこともある」と紹介されていますが、むしろ、著作権を理由に自由に公開できないことの方が大半であろうと思います。
通常、研究者は、論文を投稿する際、著作権を出版元に譲渡することに同意しています。投稿のフォームにそのような条項があり、同意しなければ投稿を受け付けてもらえません。つまり、著作権は、研究者ではなく出版元に移転しています。研究者では、自らの意思で論文の公開を決めることはできません。
 もちろん、一定部数に限り、研究者が自らコピーして配ることは、多くの雑誌の投稿規定で許容されています。しかし、著作権が出版元に帰属している以上、研究者による公開には、制約があります。最近では、研究者によるオープンアクセスを許容する雑誌や、一定期間経過後の論文についてはウェブ上にて無料で公開する雑誌も増えていますが、多数派とはいえないように思います。

 出版元の立場からすると、研究者が自由に論文を公開すると、雑誌の売り上げに響きます(確かに、最新号の一覧性という点では、出版元に利点はあるのですが、影響は避けられません。)。
研究者が自由に論文を公開できるのであれば、雑誌の存在意義は、最終的には、一定水準(IFで数値化できます。)の雑誌が掲載に値する論文であると判断したというお墨付きを付与する点に集約されます。雑誌の運営を続けるためには、誰かがコストを負担しなければならないのですから、購入者ではなく、投稿者がコストを負担する、ということにもなりかねません。

知財高裁設立10年に関する記事

日経の月曜の朝刊に、知財高裁設立10周年に当たっての記事が出ています。
 その中で、元特許庁長官が、アップル・サムスンの大合議判決の損害賠償額が低すぎる、米国の連邦地裁では、同じ当事者間の訴訟で桁違いの賠償額が認められているとコメントしています。しかし、異なる特許権について、しかも異なる論点の訴訟について、損害額を比較することには意味がありません。日本の大合議判決は、FRAND宣言のされたSEPの特許について、権利行使が許されるのか、損害賠償額はいくらなのか、という論点の訴訟に関するものですので、同様の論点の(同じ当事者間の、ではありません)訴訟と比較するべきです。

 編集委員氏は、技術を巡る議論はアニメや動画を使えば文系でも理解しやすいと述べておられます。しかし、科学技術の素養がなくても、数式が理解できなくても、マンガ化すれば最先端の技術でも理解できると考えておられるのであれば、見当違いです。実際には、さらに、技術説明会では、スライドで実施品や侵害品の画像は登場します。