パラメータ発明の進歩性

 クレーム中に技術的な変数の数値範囲が含まれている発明は、数値限定発明と呼ばれます。数値限定発明とパラメータ発明とは厳格に使い分けられているわけではありませんが、しばしば、パラメータ発明は、数値限定発明の下位概念として使用されています。つまり、パラメータ発明とは、数値限定発明のうち、変数がその分野で一般的でないもの(典型的には、発明者が新たに創出したもの)です。

新しいパラメータによって発明を特定する場合、そのような発明の特定手法自体が目新しいという事態が生じます。そのため、発明に新規性があると、その新たなパラメータによって発明を特定する動機づけが公知技術には見いだせず、進歩性が肯定される可能性が高まります(http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20120419/1334842391)。

 特許を無効にする側では、別の動機づけにより、当該発明に至ることは容易であったという主張を組み立てる必要があります。つまり、発明者の辿ったルートとは別に、本件発明の構成に到達するルートが存在し、そのルートを辿ることは当業者にとって容易であったという主張を組み立てる必要があります。
 このような事情をふまえると、パラメータ発明の特許を無効にするためには、できる限り近い公知発明を見つけておくことが有効です。そして、どのくらい公知発明が本件発明に近いのかは、公知発明について当該パラメータを測定して、初めて判明することです。
 パラメータが特殊なものであればあるほど、公知文献には、そのパラメータの数値は記載されていないことが大半です。そこで、無効を主張する側が、公知文献の記載を再現し、当該パラメータを測定する、という手順を踏む必要があります。
 
 当事者が実験を遂行する能力を有していれば、このような手順を踏むことも可能です。しかし、特許庁が実際に実験することは不可能です。
 審査基準では、機能・特性等による物の特定を含むクレームに関し、「引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、進歩性が否定される旨の拒絶理由を通知する。」と規定されており(第2章2.6)、拒絶理由のハードルを「一応の合理的な疑い」まで下げています。そして、出願人に対しては「審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。」と規定し、立証の負担を負わせています。
 しかし、どの程度の事実関係があれば「類似の物」といえるのかは微妙な問題でもあり、場合によっては、特許庁の負担が大きいといえるでしょう。


 知財高判平成23年12月8日(平成23年(行ケ)第10139号)は、前述のパラメータ発明の進歩性が問題となった事案です。この事件は、拒絶審決に対する審決取消訴訟であり、被告は、特許庁長官です。
問題となった発明は、液体食品用紙包装容器(例えば、牛乳やジュースを充てんする紙パック容器)に関します。審決で判断されたクレーム(補正後の請求項6)は、以下のとおりです。

「外側熱可塑性材料層,紙基材層,内側熱可塑性材料層の各構成層を少なくとも含む包材により形成された紙包装容器であって,
/該内側熱可塑性材料層が,押出しラミネーション法により積層され,
メタロセン触媒で重合して得られた狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン55〜75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45〜25重量%とのブレンドポリマーからなり,
0.910〜0.930の平均密度,示差走査熱量測定法による115℃以上のピーク融点,10〜11のメルトフローインデックス,1.4〜1.6のスウェリング率及び35μmの層厚の特性パラメータを有することを特徴とする
液体食品用紙包装容器」

 争点は、「1.4〜1.6のスウェリング率」という構成要件です。

 スウェリング率とは、樹脂の成形によって成形品の断面積や径が大きくなる比率です。そして、成形の際に成形品の断面積や径が大きくなるという現象自体は、樹脂成形の分野では周知であり、その現象をスウェリング率で評価することについても、様々な分野で文献があります。
しかし、紙包装容器の分野でスウェング率を開示した文献は、引用されていません。主引用文献(液体食品用容器を開示します。)にも、スウェリング率は記載されていません。
その結果、主引用発明でのスウェリング率は明らかではなく、どのような改変を施すとスウェリング率が補正発明の範囲内に入るのかについても、議論の仕様がありません。

 判決では、
「引用例1には,スウェリング率について何ら記載がないから,引用例1に接した当業者は,引用発明1をスウェリング率という特性パラメータによって特定するという構成について着想を得る前提ないし動機付けがなく,また,引用発明1及び本件補正発明6が属する,紙を含む製造材料からなる容器の技術分野において,本件優先権主張日当時,スウェリング率を特定することが技術常識又は常套手段であったということもできない。
よって,引用例1に接した当業者は,引用発明1をスウェリング率という特性パラメータによって特定し,もって本件補正発明6のスウェリング率に関する特性パラメータの構成を容易に想到することができたとはいえず,これに反する本件審決の判断は,誤りであるというべきである。」

と判断されています。
 特許庁としては、自ら引用例の追試をする設備や人員を有しているわけではないのですから、このような対応になるのは、致し方ないように思います。