周知技術の認定、引用発明と本願発明との課題の相違

 進歩性の判断にあたり、
・本願(本件)発明と主引用発明との相違点を認定し、
・相違点に対応する周知技術を認定し、
・主引用発明に対し周知技術を適用して相違点の構成とすることは、当業者にとって容易に想到する事項である
という判断がなされることがあります。
 
相違点に対応する技術は、1つの文献に記載された公知技術(発明)があれば足ります。それにもかかわらず、複数の文献に記載された周知技術を持ち出す理由としては、

・1つの文献に記載された公知技術よりも、様々な文献に記載された周知技術の方が、当業者にとって主引用発明に適用する動機づけが大きい

・個々の文献ごとに拒絶(無効)理由を挙げると、拒絶(無効)理由の数が増えすぎる。しかも、どの拒絶(無効)理由も、内容はほぼ同一である。それらを周知技術にまとめると、1つの理由で済む。しかも、証拠の後出しが許容される余地がある。

が挙げられます。

 後者の理由で周知技術を用いる場合には、個々の文献に記載された技術を上位概念化して周知技術とすることも、場合によっては許容されます。例えば、相違点が上位概念のAという技術であり、先行文献1ないし3の各々には、Aの下位概念としてa1、a2及びa3という技術が記載されている場合、先行文献1ないし3に記載された周知技術Aという認定をしてもよいと思います。

 もっとも、上位概念化にも限度があります。特に、相違点に近づけるため、バイアスのかかった上位概念を抽出することは、先行技術の認定の段階で相違点の判断を先取りしてしまうことになります。相違点に近づけた副引用技術を認定してしまうと、その引用技術を適用することは容易であるという判断に傾きがちですが、その前段階(つまり、引用技術の認定の段階)に細工すべきではありません。

 知財高判平成24年1月31日(平成23年(行ケ)第10121号)では、周知技術の上位概念化が争点の一つでした。
判決は、この点に関し、

「主引用発明及び副引用発明の技術内容は,引用文献の記載を基礎として,客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって,引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは,恣意的な判断を容れるおそれが生じるため,許されないものといえる。そのような評価は,当該発明の容易想到性の有無を判断する最終過程において,総合的な価値判断をする際に,はじめて許容される余地があるというべきである。」

「当業者の技術常識ないし周知技術の主張,立証に当たっては,そのような困難な実情が存在するからといって,①当業者の技術常識ないし周知技術の認定,確定に当たって,特定の引用文献の具体的な記載から離れて,抽象化,一般化ないし上位概念化をすることが,当然に許容されるわけではな(い)。」

と判示しています。この判示事項は、上記の文脈で理解することができます。

 もっとも、この事案で、相違点とされた構成が技術的な特徴といえるものであるのかという点には、議論の余地があります。
 本願発明は、配線基板(クレームでは「マトリクス基板」)上に複数の半導体チップを搭載し、一括して樹脂封止した後、配線基板を半導体チップごとの小片に分割して、複数の半導体装置を製造する技術に関します。
この製造方法では、製品不良が発生する場合、配線基板上のどの位置の装置で不良が発生したのかを特定する必要があります。その位置情報を付与するため、本願発明では、マトリクス基板の下面(半導体チップを搭載する面とは反対側の面)に「アドレス情報パターン」を予め書き込んでおくという構成が採用されています。
 確かに、位置に対応したタグを付けておけば、分割してバラバラになった後でも、元々どの位置にあったのかを知ることができます。この工夫は、優れた改善提案であるものの、技術的思想にとっての技術的な特徴といえるのか否かについては、議論のあるところであろうと思います。

 この判決には、「引用発明は・・・本願発明の解決課題及びその解決手段についての開示ないし示唆は、存在しない。」との箇所もあります。
 しかし、本願発明と引用発明との相違点から本願発明の解決課題を認定する場合、相違点は、引用発明には存在しないのですから、本願発明の課題が引用発明に存在することはありません。とりわけ、本願発明が引用発明に新たな構成を付加したものである場合、付加された構成は、引用発明で未解決のまま残されていた課題の解決手段なのですから、引用発明に当該課題を求めることは、原理的に不可能です。
本願発明の構成の一部を他の要素に置換するという場合には、置換される要素と置換する要素には共通性があるので、引用発明中に本願発明の課題があるという場合もあります。しかし、本願発明が引用発明中の要素の置換ではなく、新たな要素の付加である場合、「引用発明は・・・本願発明の解決課題及びその解決手段についての開示ないし示唆は、存在しない。」とのルールを適用すると、すべての出願は特許されることになりかねません。