差止の外国判決の間接管轄

 米国での差止判決が日本で執行できるか否かに関し、最高裁判決が出ました(最判平成26年4月24日(平成23年(受)第1781号)。
 今回の最判は、差止請求について直接管轄がどのように判断されるのか、その解釈が間接管轄にどのように反映されるのか、という論点に関し、興味深いものです。

[事案の概要]
 事案は、以下のとおりです。
 上告人Xは、カリフォルニア州法人であり、営業秘密として、眉のトリートメント技術及び情報を保有していました。Xは、訴外A(日本法人)に対し、当該営業秘密を開示し、日本国内での独占的使用権等を付与しました。被上告人Yらは、Aの従業員であり、当該営業秘密を知りました。そして、Yらは、Aを退職し、日本国内において、当該営業秘密を使用しました。
 Xは、カリフォルニア州法典の損害賠償及び差止めの規定に基づいて、米国の連邦地裁に損害賠償及び差止めを求める訴えを提起し、認容判決(「本件米国判決」)を得ました。本件米国判決では、日本国内及び米国内での当該営業秘密の不正な開示及び使用の差止めが認められました。
 重要な点は、Yらは、日本国内でのみ、当該営業秘密を使用してきたという点です。米国内での差止めは、あくまで、使用の「おそれ」によるものです。


 Xは、日本の裁判所に対し、民執24に基づいて執行判決を求める訴えを提起しました(懲罰的賠償の部分を除く。)。しかし、原審は、その訴えを棄却しました。その理由は、Yらの行為地は日本国内のみにあり、Xの損害が米国内に発生したことの証明がないという点でした。

[1 間接管轄]
最判平成26年4月24日
「人事に関する訴え以外の訴えにおける間接管轄の有無については,基本的に我が国の民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定に準拠しつつ,個々の事案における具体的事情に即して,外国裁判所の判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から,条理に照らして判断すべきものと解するのが相当である。」

 民事訴訟法118条は、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件を列挙しています。外国判決がこれらの要件を全て満たしている場合、その外国判決は日本で承認され、執行されます。執行判決を求める訴え(民執24条)では、その内容の当否については、審理されません(もっとも、公序良俗に反する外国判決は、118条4号に反し、承認されません。)。

民訴118条1号は、「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」です。つまり、外国裁判所が管轄権を有していたことが必要です(間接管轄;それに対し、直接管轄は、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか否か(民訴3条の2以下))。
 民訴法118条1号の基準は、原則として、直接管轄と同じと解されています(鏡像理論)。サドワニ事件の最高裁判決(最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁)は、以下のとおり判示し、「基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠」しつつ、条理による修正を図っています(* 条理による修正は、直接管轄でも、民訴3条の9によって図られています。)。
今回の最判は、最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁を踏襲したものと解されます。

「我が国の国際民事訴訟法の原則から見て、当該外国裁判所の属する国がその事件につき国際裁判管轄を有すると積極的に認められることをいうものと解される。そして、どのような場合に判決国が国際裁判管轄を有するかについては、これを直接規定した法令がなく、よるべき条約や明確な国際法上の原則もいまだ確立されていないことからすれば、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理に従って決定するのが相当である。具体的には、基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである」

[2. 差止の管轄]
最判平成26年4月24日
「民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」は,民訴法5条9号の「不法行為に関する訴え」と同じく,民法所定の不法行為に基づく訴えに限られるものではなく,違法行為により権利利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えをも含むものと解される(最高裁平成15年(許)第44号同16年4月8日第一小法廷決定・民集58巻4号825頁参照)。そして,このような差止請求に関する訴えについては,違法行為により権利利益を侵害されるおそれがあるにすぎない者も提起することができる以上は,民訴法3条の3第8号の「不法行為があった地」は,違法行為が行われるおそれのある地や,権利利益を侵害されるおそれのある地をも含むものと解するのが相当である。」

 間接管轄について、原則として直接管轄と同様の要件が必要であるとすると、次に、差止めについての直接管轄が問題になります。
 差止めの直接管轄については、既に、最判平成16年4月8日民集58巻4号825頁があります(不競法3条1項に基づく差止請求の事案です。)。この最判では、民訴5条9号の「不法行為に関する訴え」には、差止請求の訴えも含まれると判示されています。
 マレーシア航空事件の最判56年10月16日民集35巻7号1224頁を参考にすると、直接管轄について新たに導入された民訴3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」も、差止請求の訴えも含まれることになります。

 問題は、差止請求は、現実に権利又は利益の侵害が起きている場合のみではなく、そのおそれの段階でも認容されるという点です。
 この問題について、今回の最判は、「法行為が行われるおそれのある地や,権利利益を侵害されるおそれのある地をも含む」との判断を示しました。

[3. 管轄権を認めるための要件]
最判平成26年4月24日
「違法行為により権利利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えの場合は,現実の損害が生じたことは必ずしも請求権発生の要件とされていないのであるから,このような訴えの場合において,民訴法3条の3第8号の「不法行為があった地」が判決国内にあるというためには,仮に被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内では行っておらず,また原告の権利利益が判決国内では現実に侵害されていないとしても,被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内で行うおそれがあるか,原告の権利利益が判決国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りるというべきである。」


 不法行為地の管轄権については、原告にどの程度の立証を求めるのか、という論点があります。管轄は、本来、訴訟要件です。本案前の段階で、原告に詳細な立証を求めることは、適切ではありません。被告にとっても、本案で散々争った結果、結局、訴訟要件を充たしていなかったというのでは、無駄な負担を強いられたことになります。
しかし、管轄の有無の立証は、実体的な要件の立証と多くの点で重複します。そこで、管轄について、どの程度の立証を求めるのかという問題がありました。
 ウルトラマン事件の最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁は、客観的事実証明説に立ち、以下のとおり判示しました。

「我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき、民訴法の不法行為地の裁判籍の規定(民訴法5条9号、本件については旧民訴法15条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。けだし、この事実関係が存在するなら、通常、被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができるからである。」

 今回の最判は、ウルトラマン事件の上記最判を引用し、侵害の「おそれ」の段階での差止請求についての判断を示しました。

[この事案へのあてはめ]
 この事案では、Yらは、米国内での侵害行為には及んでいません。
 しかし、Yらが権利利益を侵害する行為を米国内で行うおそれがあるか、Xの権利利益が米国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されると、間接管轄は認められます。それにもかかわらず、原審では、この点について審理がされていません。
 そのため、最高裁は、原判決を破棄し、原審に差戻しました。