クラウドと著作権

まねきTV事件及びロクラクII事件の最高裁判決(最判平成23年1月18日民集65巻1号121頁及び最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁)以降、クラウド(コンピューティング)のサービス事業者が著作権侵害を問われるのではないかという議論が続いています。実際、アメリカの事業者が日本で同様のサービスを提供しない理由として、著作権侵害の懸念があるとの報道もなされています。
 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会も、この問題について、報告書をまとめています。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h23_shiho_06/pdf/shiryo_4.pdf
 報告書の中では、いわゆる侵害主体論との関係で、上記最高裁判決とMYUTA事件(東京地判平成19年5月25日)が取り上げられています。そして、最高裁判決の射程は限定的であるとの見解や、MYUTA事件での事案の特殊性も指摘されています。
 しかし、判決の射程が限定的であるとの議論が盛んにおこなわれているという事情そのものが、上記の判決がビジネス上の(少なくとも心理的な)障害になっていることを示しています。
 
MYUTA事件のサービスでは、ユーザが、CDの音楽データをPCで携帯電話でも再生できるファイル形式に変換し、サーバにアップロードし、自らの携帯電話でダウンロードすることができました。このサービスは、ユーザが自らデータをサーバに保管しておき、PC以外の機器でも使用できるようにしているという点で、コンテンツ・ロッカーサービスの典型例です。サービス事業者にとって、類似のサービスを提供するにあたり懸念が生じることは致し方ありません。

判決では、
・サービス事業者が、ユーザソフトを作成して提供し、そのソフトでサービスが利用できるようになっている、
・ユーザが個人レベルで音源データを携帯電話で利用することは技術的に困難であった
などの事情も考慮されています。これらの事情は、全てのクラウド型サービス(その定義は明確ではありませんが)について当てはまるものではありません。しかし、MYUTA事件では、当該事情のみで判断がなされたというわけではないため、当該事情がないからといって結論が変わると断言できるわけではありません。

 上記の報告書では、クラウドに関する最近のアメリカの判決(Capitol Records, Inc. v. MP3tunes LLC (S.D.N.Y. Aug.22, 2011)も紹介されてます。この判決では、フェアユースではなくDMCAのsafe harbor条項が問題となりました。そこで、上記報告書では、フェアユース規定があるからクラウドが可能になるというわけではないという指摘も付記されています。

 MP3tuneの提供したサービスも、コンテンツ・ロッカーサービスに当たります。
具体的には、ユーザは、3つの方法で、オンライン上のロッカーに音楽ファイルを保存することができます。その方法は、①自分のコンピュータからアップロードする、②インターネット上の音楽ファイルをコピーする、③MP3tuneの別のウェブサイトであるSideload.comからコピーする、というものです。このようにして保存された音楽ファイルについて、ユーザは、ストリーミングで再生することもでき、自らの機器にダウンロードすることもできます。①は、サービス事業者によるソフトの提供などの点では相違するものの、基本的なサービスの枠組みでは、MYUTAと合致します。

この事案の争点は、DMCAによるサービス事業者の責任制限(safe harbor)でした。具体的には、
DMCAのsafe harborについて、MP3tuneに資格があるか
(特に、512条(i)(A)の「サービス・プロバイダのシステムまたはネットワークの加入者およびアカウント保有者が反復して侵害を行う者である場合にしかるべき条件の下で契約を解除することを定める運営方針を、採用し合理的に実行し、かつ、加入者およびアカウント保有者に対してこれを通知していること。」、とりわけ「反復して侵害を行う者」の解釈)

・資格があるとして、DMCAの512条(c) (使用者の指示によってシステムまたはネットワークに常駐する情報)のsafe harborが適用されるのか。

という点です。
 
512条(c)は、「サービス・プロバイダによって又はそのために管理され又は運営されるシステム又はネットワーク上に、使用者の指示により素材を蓄積したことによって、著作権の侵害を生じた場合」の免責条項であり、その要件として、
・素材が著作権を侵害することをサービス・プロバイダ(「ISP」)は知らなかった;
ISPが侵害行為を支配する権利及び能力を有する場合、その侵害行為に直接起因する経済的利益を受けていない、
・いわゆるテークダウンノーティス(権利者からの侵害通知)を受領する場合、素材を削除しアクセスを解除する
などが挙げられています。

 512条(c)では、「侵害行為を支配する権利及び能力」(システムを支配する権利及び能力ではありません。)が問われてはいるものの、素材の蓄積は、あくまで「使用者の指示」によるものです。つまり、事案を把握する枠組みとして、侵害行為の主体の規範的評価というアプローチはとらず、ユーザによる直接行為とそれに寄与するサービス事業者の間接的な行為を事実どおりに認定し、サービス事業者の責任を判断しています。その点で、日本のカラオケ法理よりも、法的な擬制を排して事実に即した事案の理解ができるように思います。

 MP3tuneの判決では、まず、512条(i)(A)の「反復して侵害を行う者」を限定的に解釈し、MP3tuneはsafe harborの適用を受ける資格があると判断しました。
 次に、513条(c)のノーティスアンドテークダウンの遵守については、一部のファイルに関し、Sideload.comとのリンクを解除するのみでファイルを削除していなかったという理由により、遵守していなかった範囲ではsafe harborの適用を排除しました。
 著作権侵害を知っていたか否か(Red Flag test)については、非合法的な目的であることが明らかなサイトへのリンクの場合には、ISP著作権侵害を知っていたといえるものの、この事案でのリンク先には「海賊版」の表示がなかったのだから、著作権侵害を知っていたとはいえないという(寛容な)判断をしました。
 そして、支配の権利及び能力並びに経済的利益については、(MP3tuneではなく)ユーザが、違法なファイルのリンク先を選んでいるため、支配の権利及び能力がない;MP3tuneには合法的な用途があり、MP3tuneは侵害を促進していないため、経済的利益がないと判断しました。

 個々の要件の判断は、サービス事業者に対し寛容ともいえるものです(原告は、大半の音楽ファイルが違法であると主張しましたが、裁判所は立証が足りないと判断しています。このような事情が立証されると、判断も異なるのかもしれません)。
 もっとも、判断の枠組みそのものは、侵害行為の主体の評価に依拠するよりも、事実からの乖離が少なく、解り易いように思います。