違憲判決の遡及効

嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の1/2とする規定(民法900条4号ただし書き)について、最高裁大法廷が、当該規定が憲法14条1項に反するという違憲決定を出しました。

 この規定については、平成7年大法廷決定で合憲とされた後(平成7年大法廷決定には、5名の反対意見があり、補足意見も付されていました。)、最高裁でも合憲との判決が続いていましたが、必ず反対意見が付されてきました。元々、立法的な解決の動きがあったことから、司法府としては謙抑的に対応してきたものの、立法の動きが頓挫してしまったことから、司法府としても、放置できなくなったといえそうです。

 上記規定を違憲とするにあたり、最高裁が、既に解決済みの事案(例えば確定判決)への波及をどのように考えるのか、憶測をよんでいました。
 相続の事案で法律が違憲か否かは、相続開始時点をもって判断されます。今回の事案では、その時点は、平成13年です。それ以降、多数の遺産分割が行われています。その基礎となった法律が違憲となった場合、波及効果は甚大です。

 違憲判決の効力には、一般的効力説(法律が法令集から除去されるという説)と、個別的効力説(違憲判決は、当該事案の判断にとどまるという説)があります(詳細については、佐藤先生の基本書の339頁以降)。日本の制度が、憲法違反そのものを審理対象とするのではなく、付随的違憲審査制を採用していることから、後者が通説とされています。その立場に立つと、違憲の判断は、当事者間でのみ適用され、当事者間でのみ遡及する(つまり、過去の時点に遡って、法律が意見であったことになる)ことになります。

 しかし、最高裁が、ある時点において、法律が違憲であったと判断した以上、他の事案においても、適用された法律が違憲であったことになります。その結果、その法律に基づいなされた裁判や合意の効力も、否定されることになります。
そして、民法900条4号ただし書きが合憲であることを前提とした遺産分割は、平成13年以降、膨大な数に上ると予想されます。

 そこで、最高裁が、違憲判決を出すに当たり、他の事案についてどのような配慮をするのか、注目されていました。従前、この問題の存在が、違憲判決に踏み切らない一因ともいわれていました。立法的な解決であれば、附則によって改正法の適用時期を定め、遡及効を制限することは、一般的に行われています。この点でも、立法的な解決を待つことになりがちです。

 今回の判決では、最高裁は、

「本決定の違憲判断は,Aの相続の開始時から本決定までの間に開始された他の相続につき,本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判,遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。」

と判示しました。その理由として、以下のとおり、法的安定性を挙げています。

憲法に違反する法律は原則として無効であり,その法律に基づいてされた行為の効力も否定されるべきものであることからすると,本件規定は,本決定により遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断される以上,本決定の先例としての事実上の拘束性により,上記当時以降は無効であることとなり,また,本件規定に基づいてされた裁判や合意の効力等も否定されることになろう。しかしながら,本件規定は,国民生活や身分関係の基本法である民法の一部を構成し,相続という日常的な現象を規律する規定であって,平成13年7月から既に約12年もの期間が経過していることからすると,その間に,本件規定の合憲性を前提として,多くの遺産の分割が行われ,更にそれを基に新たな権利関係が形成される事態が広く生じてきていることが容易に推察される。
取り分け,本決定の違憲判断は,長期にわたる社会状況の変化に照らし,本件規定がその合理性を失ったことを理由として,その違憲性を当裁判所として初めて明らかにするものである。それにもかかわらず,本決定の違憲判断が,先例としての事実上の拘束性という形で既に行われた遺産の分割等の効力にも影響し,いわば解決済みの事案にも効果が及ぶとすることは,著しく法的安定性を害することになる。法的安定性は法に内在する普遍的な要請であり,当裁判所の違憲判断も,その先例としての事実上の拘束性を限定し,法的安定性の確保との調和を図ることが求められているといわなければならず,このことは,裁判において本件規定を違憲と判断することの適否という点からも問題となり得るところといえる。」

 実質的な理由は、最高裁決定の法廷意見の述べるとおり、法的安定性です。もっとも、理論的に、この結論をどのように導き出せるのかは問題です。

 金築補足意見及び千葉補足意見は、この点について言及しています。
 まず、金築補足意見は、遡及効の制限に関し、合憲限定解釈と同様、違憲審査権の謙抑的な行使とみることも可能と述べています。
 次に、千葉補足意見は、遡及効の制限は、違憲審査権の行使に内在すると述べています(「このような事態(注:法的安定性を損なう事態を指す。)を避けるため,違憲判断の遡及効の有無,時期,範囲等を一定程度制限するという権能,すなわち,立法が改正法の附則でその施行時期等を定めるのに類した作用も,違憲審査権の制度の一部として当初から予定されているはずであり,本件遡及効の判示は,最高裁判所違憲審査権の行使に性質上内在する,あるいはこれに付随する権能ないし制度を支える原理,作用の一部であって,憲法は,これを違憲審査権行使の司法作用としてあらかじめ承認しているものと考えるべきである。」)

 以上のとおり、遡及効の制限は、結論として妥当であるものの、理論的な説明には苦労します。それにもかかわらず、この事案で最高裁が全員一致で違憲決定に踏み切ったということは、この規定をもはや看過できなかったと推測されます。